骨と生きる人

舞とともに、
九十三年。

里見 香華さん(93)
日本舞踊 里見流 家元 / 千葉・館山在住

里見香華さん
日本舞踊 里見流 家元

私は、日本舞踊里見流の家元、里見香華と申します。九十三になりました。千葉の館山に生まれ育ち、里見の名を継ぐ一族の末裔でございます。舞に生きて、九十年あまり。ここでは、私の歩んできた道と、今も変わらず続けている日々の習慣について、少しだけお話しさせてください。

其の一

里見の名を継いで

私の暮らす館山は、かつて里見氏という一族が治めた土地でございます。戦国の世に安房の国で身を興し、房総の海を制した、水軍の大名。十代、百七十年にわたって、この地を守り抜いた一族です。滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』——あの物語で、その名を知られた里見でございます。

やがて時代が移り、一族は所領を離れ、その子孫は名を変え、全国へ散っていったと伝えられています。私は、その里見の名を継ぐ者として、この館山の地に生まれました。名を継ぐということは、誇りであると同時に、責任でもございます。その想いは、私の背筋を、今もまっすぐに保ってくれています。

名を継ぐことは、
誇りであり、責任でもある。
其の二

舞に生きる

私が生涯を捧げてきたのは、日本舞踊です。指の先、目の動き、扇の返し——そのひとつひとつに、決められた型があり、意味がございます。ほんのわずかな所作に、何十年もの稽古が宿る。それが、この芸道の厳しさであり、美しさです。

家元として、私は多くのお弟子さんを育ててまいりました。自らも舞台に立ち、また次の舞い手を、舞台へ送り出す。日本の美を、次の世代へと手渡していく。それが、里見の名を継いだ私の、務めだと思っております。

其の三

世界へ、日本の美を

日本舞踊の美しさは、言葉の壁を越えます。私は長い年月、国内はもちろん、海を越えて、日本の文化を伝えることに力を尽くしてまいりました。

ありがたいことに、九十三になった今も、海外の方々との交流を続けさせていただいております。遠い国の方が、日本の舞に目を輝かせてくださる。その一瞬のために、私はまだ、舞い続けていたいのです。

その一瞬のために、
私はまだ、舞っていたい。
其の四

カルベールとの出会い

私の芸は、毎日の稽古の上にしか成り立ちません。一日でも手を抜けば、指先は正直に鈍ります。だからこそ私は、若い頃から一つのことを信じてまいりました。——日々の備えもまた、毎日でなければ意味がない、と。

歳を重ね、それでも舞台に立ち続けたいと願うようになってから、私は自分の日々の備えを、いっそう大切に考えるようになりました。カルシウムを、毎日きちんと摂ること。それが、私の決めた習慣でございます。

数年前、縁あってカルベールという水に出会いました。数あるカルシウムの摂り方の中で、私がこれを選んだ理由は、はっきりしております。——毎日、続けられるから、でございます。一日に一杯、水をいただくだけ。難しい手順も、面倒な支度もいりません。一日も欠かせない稽古と同じように、無理なく、暮らしに溶け込んでくれる。私のような歳の者にとって、この"毎日、続けられる"ということこそが、何より大切なのでございます。

今では、朝、扇を手に取るのと同じくらい自然に、カルベールが私の一日の始まりにございます。

私がこれを選んだ理由は、
はっきりしております。
毎日、続けられるから。
其の五

まだ、夢の途中

里見香華さん 近影
近影

私には、まだ叶えたい夢が、いくつもございます。この歳になっても、挑戦したいことがある。それは、本当に幸せなことでございます。

周りの皆さんから「いつまでもお若いですね」と声をかけていただくたびに、胸が温かくなります。その一言が、明日への力になり、生きる励みになる。私はまだ、舞台の途中でございます。

其の六

一日にしてならず

舞も、暮らしも、一日にして成るものではございません。毎日の、小さな積み重ね。指先の型がそうであるように、日々の習慣もまた、こつこつと重ねていくよりほかにありません。

九十三年を生きてまいりまして、私が大切にしているのは、ただ、それだけのこと。今日という一日を、丁寧に舞う。それが、私の生き方でございます。

― 里見 香華
日本舞踊 里見流 家元

※本ページは、里見香華さんご本人の語りをもとに構成しています。内容は個人の経験・考えであり、効果を保証するものではありません。
※カルベールは食品(ミネラルウォーター/カルシウムイオン飲料水)であり、骨密度の改善や疾病の治療・予防を目的としたものではありません。

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